定例研究会報告
第13回ナショナルモデル研究会の報告は、以下の通りでした。はじめに
報告テーマ:「メンタルモデルとSD」
報告者:末武 透(アーサーアンダーセン)
日 時:1999年4月17日(土)13:30〜16:00
出席者数: 10名
今までのSDでの発表とは違った種類のものである、メンタルモデルを今回は取り上げ、少し違った角度から、SDの可能性について考えていきたい。まだ、私自身、メンタルモデルを十分理解しているわけではなく、また、ソフト・システムズ・アプローチやシステムズ・シンキングの中での位置づけについても明確でない部分がある。ということで、メンタルモデルそのものが何であるかという、中身の議論というよりは、メンタルモデルとSDモデル化との間を取り持つメンターなコミュニケーション手法としてどのようなものがあるかを紹介し、最後に、SDでこんなこともできるという例として、シェクスピアのロミオとジュリエットをSDでモデル化したものを紹介したい。
1. メンタルモデルとSDの関係
SDでは、現実世界をSDモデルとして表現し、シミュレーションを行うわけだが、その間に、メンタルモデルが介入すると考えられる。これは、現実世界のどの部分に着目するかが、個人によって違ってくるわけで、この、どの部分に着目するかという点と、それをどう解釈してSDモデル化するかという点、理解のパターンに、考え方の性癖のようなものが出てくる。
Peter SengeのFifth Disciplineでは、学習組織に必要な5つの要素として、Personal Mastery, Shared Vision, Mental Model, Team Learning, Systems Thinkingを挙げている。彼によれば、組織の構成者が、自ら優れた資質や経験、スキルを構築し(Personal Mastery)、そのような人材が、ビジョンを共有化し(Shared Vision)、人がどのように考え、その考えに基づいてどう行動するかというしくみを理解し(Mental Model)、組織で学習し、システム的な発想をすることで、創造的な方向に組織を動機付けられ、創造的なコミュニケーションが生まれ、しかも、システム的な思考で将来を見通すような組織が可能であるという。ここでは、メンタルモデルは、物事をどう考え、その考えに基づいてどう行動するかという、認知と行動の性癖の型のような捉え方がなされている。
Stellaのマニュアルの第1章である「Five Learning Process」がシステムズ・シンキングの解説になっていて、ホームページからダウンロードできる。ここでは、メンタルモデルを学習的な意味で位置づけている。現実をメンタルモデルで仮定的に解釈し、その解釈を元にSDモデル化し、それを元にシミュレーションする。そして、シミュレーション結果と現実との食い違いをモデルに反映させていくというプロセスの中から、メンタルモデルが学習的に更新されていくというように捉えられている。
2. メンタルモデルの定義
参考文献として、翻訳でも配布したJames K. DoyleとDavid
N. Fordの文献によれば、メンタルモデルの定義が人によりまちまちで、しかも、定義があいまいなので、SDでは、「比較的長期的でアクセス可能なものではあるが、制約があり、外部のシステムを、そのシステムの知覚構造を構造的に維持するような、内面的かつコンセプチュアルな象徴」と定義し、これをたたき台に、関係者と議論を進めたいと提案している。
確かに、MedowsやMorecroft、Sterman等の定義を見ても、現実世界を解釈したものであることは共通しているが、マトリックスをコアとするネットワーク的なものと捉えていたり(Morecroft)、SDでの因果モデル的なものやその因果関係に絡む心理的なものも含んでいるが、まだ具体的なものとして表現されていないもの(Sterman)というように、メンタルモデルが何であるかについては、意見が食い違っている。
肝心のPeter Sengeは、「多くの仮定の元での、どのように世界が動くかという解釈であり、その解釈が、どう考えるかということに影響するので、われわれの行動にも影響してくる」と、世界観のようなものとして定義している。
3. コミュニケーションや認知に関するメンタルモデルとSD
SDモデルを個人で構築する場合はあまり問題がないのだろうが、チームで構築する場合や、他人に説明する場合に、メンタルモデルが関係してくるのではないか。ここでは、コンサルタント教育用として使われている教材の中から、いくつか、メンタル的なコミュニケーションツールを紹介したい。共通認識を持ちなさいといった軽い意味だが、こういったメンターなコミュニケーションツールを利用して、うまくコミュニケーションを図りながら、メンターモデルのすり合わせを行い、共通したメンターモデルでコンサルティング上の問題に取り組むようにという教育を行っている。(注1)なお、Pegasus
Communicationからもここで取り上げたものが出版されている。どれも、日本人であれば当たり前のような話と言えばいえるしろものである。私自身が属している米国系のコンサルティング会社では、自己主張が強く、他人の意見を聞かない米国人が多いため、こういったことも教育しなければならないのであろう。
Advocacy and Inquiryは主張と質問のバランスを取るということである。相手に理解させるためには主張が必要だが、強すぎると、押しつけになる。一方、質問も、相手から情報を引き出すには必要だが、やりすぎると誘導尋問や詰問になってしまう。どちらでもない、沈黙は、相手を観察したり、注意深く聞いたりする場合には必要だが、場合によっては興味がないと思われてしまう危険性をはらんでいる。状況によっても使い分ける必要がある。危機的な状況では、相手の言うことを無視してどしどし命令することも必要であろう。言質を取られてしまいそうな状況では、発言しないことが賢明であることもあろう。時や場所、相手に応じた使い分けが必要である。
Ladder of Inferenceは、「推論のはしご」であり、クリス・アージリスによれば、推論は、?経験や観測データを得、?それらの観測データや経験の選択を行い、?観測データや経験に意味を持たせ、?仮定的な結論を導き出し、?それを基に結論を下し、?その結論を信念に昇華し、?最期に、その信念を基に行動するとされている。しかし、どうしても、人間は途中の過程をすっ飛ばして結論に一気にジャンプしがちである。この一気に結論にジャンプして間違うことを避けるために、勝手に思い込んで決めつけないで、推論の途中に確認するプロセスを入れ、事実かどうか確認し、違っていれば、最初に戻って推論をやり直すというテクニックである。
Left-Hand Column Analysisは建て前と本音の使い分けのことである。会話では、ストレートに話をするのではなく、言い方を考えて話しをし、相手の答えも、ストレートに解釈するのではなく、バックにある感情を考えて解釈する技術である。建て前的な会話を右に書き、左に本音や何を表現したいか、何を聞き出したいかを書き、どう表現すれば聞き出せるのか、相手が言わなかったことは何かを考えるという訓練に使っている。
Mayer Briggs Type Indicatorは米国で採用や配属に広く採用されている性格分析の手法である。人間の性癖を、他人との接し方、情報収集の仕方、意思決定のやり方、仕事の進め方の4つの軸で分類している。他人との接し方では、外向的か内向的かで分けている。情報収集の仕方では、感覚を基本とした情報を重要視する感覚派か、構造的なものを考え、構造の中を埋めるように情報収集する構造派かで分けている。意思決定のやり方では、正か否かや良いか悪いかといった論理を中心に意思決定する論理型か、あるいは、周囲の意見や合意を重視する感覚型かで分けている。仕事の進め方では、きちんと計画通りに実施することを好む計画重視型か、あまり計画は重要視しない非重視型かで分けている。コミュニケーションを短期間に行うことが必要な場合は、近いタイプの人間同士を組み合わす。顧客への説明や承諾の取り付けでも、近いタイプの人間の方が説得がうまくいく。
Mayer Briggs Type Indicatorは、性癖を静的に捉えているので、動的に捉えているものを探した所、小林恵知氏のFFS: Five Factors and Stressというモデルを発見した。これは、人間の性癖を、凝縮性、受容性、弁別性、拡散性、保全性の5つの因子で捉え、ストレスによって、現れ方が逆転するというストレス学説に基づいている。
現在私が勤務しているコンサルティング会社に入社して驚いたのは、新人コンサルタントへの教育項目の半分近くがこういったメンタル的な技術や知識の教育だったことで、分析技術や論理思考技術に偏らないバランスの取れた教育体系に感心している。
4. SDでのメンタルモデルとシミュレーション
SDでこんなこともできるのだという例として、シェクスピアのロミオとジュリエットという戯曲を元に、2人の関係をSDモデル化し、高まっていく2人の感情をグラフ化してみた。ロミオの感情とジュリエットの感情をLoveとしてプールし、その量によってお互いの感情が反応するようにし、逢い引き等でこのLoveのプールが高まるようにした。さらに、初期値として、魅力度を与えている。一方、減衰要因として、お互いの家の反目を考え、ロミオの従兄弟がジュリエットの従兄弟に殺される事件や、ロミオがジュリエットの従兄弟を殺害するといった悲劇から反目度が高まる工夫をした。ここにも、反目度を初期値として与えている。(注2)
このようなことがSDでもできるということの例として紹介した。こういった分野にSDを応用してみるのも面白いのではないかと思う。(注3)