1999年6月号  目 次:1999年1月〜12月)

定例研究会報告

77SD定例研究会の報告は、以下の通りでした。
告テーマ:「マネジメント・フライト・シミュレーター」
報告者:高田 直樹(富士総合研究所)
時:1999515日(土) 13:3016:00
出席者数: 8
はじめに

富士総合研究所では、産業動向の調査、特に情報技術と産業の関係を研究している。

今回は、マネジメント・フライト・シミュレーターに関する最新動向を紹介している論文、Alessandro Lomi & Erik Larsen Learning Without Experience: Strategic Implications of Deregulation and Competition in the Electricity Industry European Management Journal Vol. 17. No. 2, April 1999)の内容を中心に、マネジメント・フライト・シミュレーターを紹介していきたい。

1.構造変化時における組織学習の必要性

今や各国の産業界、特に公益産業は、市場構造の変化、規制緩和や生産技術変化など、急激かつ予測できない変化にさらされており、その競争環境はますます複雑になっている。例えば英国の電気業界では、60%もの人員削減、発電・送電・配電事業の自由化、ガス火力発電の伸長などがみられている。このように変化が激しく将来が見えない時代においては、持続可能な競争優位とは学ぶことすなわちLearningであり、企業リーダーの仕事は自社を学習する組織とすることである。ここで言う学習する組織、Learning Organizationとは、「組織の色々な部分で実験が積極的に行われ、その結果がメンバーの自省を助け、組織自体の意思決定プロセスを向上する」ことができ、「組織が誤りを見つけ、それを正すために学習方法の見直す(Argyris and Schon 1987)」ことができる組織である。

2. 組織学習の問題点:自分・他者の経験に学ぶことの限界

しかし、学習する組織には、主に2つの問題が存在する。

第一はIssacs and Senge 1992が、経験の罠(Experience Trap)とよぶ構造的な問題である。これは、メンタルモデルの自己促進効果が学習の阻害となってしまうことを意味する。

学習は、1)メンタルモデルで発見し、2)戦略を確立し意思決定を行い、3)現実世界に適用し、実施し、4)その結果を見てメンタルモデルを進化させていくという過程でなされる。ところが大抵の場合、2)3)の間及び3)4)の間に遅延があり、また3)には、複雑な要因が影響してくる。さらに、意思決定と結果の間には時間的・空間的隔たりが存在し、またフィードバックが曖昧である。このため組織は、意思決定と結果の因果関係を正確に把握できず、自己保存原則によって自分に都合のよい解釈をしてしまう。結果として、因果関係ではなく、意思決定のプロセスそのものを学習してしまうのである。こうした組織が問題に遭遇した場合、その問題が新しいものであっても、前例主義、すなわち、過去と同じ意思決定を繰り返すことに陥ってしまいがちになる。

第二は、 Futureへの知見を過去の経験から得られることが難しいという問題である。近年の組織のフラット化は、意思決定を迅速化するという効力がある反面、意思決定者が組織の下から上へと上りながら経験を積むという機会を少なくさせている。また、現在起こりつつある激しい変化を生き抜くために、十分な経験は誰も持っていないし、必要となる新たな能力は過去や現在の能力とは異なっている。

すなわち、複雑化する競争環境の下で、経験に学ぶことは難しくなっているのである。

3. 過去に依存しない学習メカニズム=Management Flight Simulator(Microworld)の必要性

したがって、現在求められているのは、歴史から独立していると同時に、一般に合意が得られている事実、できごと、状況、ポジショニングを再構成、再認識できるような学習メカニズムである。つまり、過去にはなかった中長期のシナリオや短期のできごとを考慮して、「将来何か起きるか」よりも「それが起きたら、どうすべきか」を試行できるメカニズムである。

このような能力を取得することの切り札となるのが、Management Flight Simulator、あるいは、Microworldである。 

4. Management Flight Simulator の効果

Management Flight Simulatorは、コンピューターを使った経営シミュレーションであり、疑似体験学習を行なうことができる。

これを活用すれば、2であげた4つの学習過去のうち、2)4)の間をVirtual Worldでつなぎ、因果関係を遅延をなく明確に体験できる。また、過去にはなかったシナリオやできごとをいろいろ変化させた場合にどうなるかといった、試行錯誤を試みることが可能である。これらにより、因果関係を発見するとともに、これまで自明の理としてきた解釈の裏にある隠された思いこみを認識し、メンタルモデルを進化させていくことができる。もちろん、Virtual Worldでの疑似体験なので、シミュレーションに失敗しても会社が実際に倒産して被害を生むことはなく、安全にリスクを体験できる。

さらに、こうした疑似体験を組織で共有すれば、ビジネスの状態に関する意見交換の場が醸成され、シミュレーションをベースとした新しい経験や再認識を元にして、新しいコンセプトを発展させることができる。

5. Management Flight Simulatorの例

J. StermanJ.C. McMuneLomi, et al, 1999らの論文を元に、現在販売、あるいは実用化されているマネジメントフライトシミュレーターを下表にまとめた。
 
名    称
内    容
開発者・出典
備 考
People Express Management Flight Simulator 教育用。1981年に設立されたPeople Express社について、HBSでケーススタディ教材として開発されたものをSDモデル化したもの。 Sterman, MIT  
F&B Enterprise Management Flight Simulator 教育用で、同じくMITStermanグループが開発したもの。 Sterman, MIT  
B & B Enterprise Management Flight Simulator 同上 Sterman, MIT  
Beer Distribution Game Management Flight Simulator ビールゲームをSDモデル化したもの。STELLAPowerSimにも似たようなものが付録として付いている。 Sterman, MIT  
Real Estate Management Flight Simulator 不動産の企業をテーマに開発された教育用のもの。 Sterman, MIT  
Friday Night ER Management Flight Simulator 人気番組ER(緊急治療室)から、病院経営をテーマに教育用に開発されたもの。    
Oil Producers Microworld Royal Dutch Shellの包括的シナリオプラニングにも使われたことのある戦略立案学習用教材。 Morecroft & Vandereijden, Marsh  
Beefeater Restaurant Microworld ファミリーレストランチェーンを題材にしたもの。 Microworld  
Claim Learning Laboratiry Hanover Insuranceを題材にした戦略立案学習教材。 Senge  
BBC World Service Microwold BBCを題材にした戦略立案学習用教材 Delazun & Mollona  

6. Management Flight Simulatorによる教育効果

それでは、実際にManagement Flight Simulatorは、有効なのだろうか。Bakken, et al. 1992は、教育現場における効果を分析する実験をおこなっている。

実験では同じフィードバック構造を持つが、変数名とパラメータは異なる2つのマネジメントフライトシミュレータ、Oil Tanker TransportationOffice Real Estateとを用意した。前者は代替性が低く資産の建設期間が長い一方で、後者は代替性が高く資産の運用期間が短い。被験者であるMBA学生と経営者の各グループは、まずこのうちどちらか一方を使って40サイクル分の意思決定を行なった後に、他方のSimulator40サイクルの意思決定を行なう。そして、各Simulationの利益の累積額を評価指標として学習効果を計測した。

その結果、いずれのグループも2番目のSimulationのほうが評価指標が高かった。すなわち、変数やパラメータが異なっても、構造が同じであれば、Management Flight Simulatorを用いた学習が効果的であることが確認できた。また同時に、経営経験が少ない、すなわちメンタルモデルが学習を阻害しないMBA学生のグループの方が、経営者グループよりも学習効果が高い、という興味深い結論も得られた。

7. おわりに:実際の戦略立案にFlight Management Simulatorは有効か?

では、教育現場のみならず、企業の実際の戦略立案、特にそれが構造変化にさらされている状況で、Management Flight Simulatorは有効なのであろうか。

6の教育現場における実験が示唆するところは、その有効性は「現実と同じ構造をManagement Flight Simulatorにそっくりそのまま写し込めるかどうか」に依存することになる。しかし、(当然といえば当然であるが)この点に関しては証明されていない。

その代わりにここでは、有効・無効の2つの立場からの見方を紹介して、本報告のおわりとしたい。

Lomi, A., larsen, E. (1999)は、 Management Flight Simulatorが、即効薬でも万能薬でもないことを認めつつ、その有効性を高く評価している。すなわち、何が起こるか予測できないので、可能性のある複数のシナリオを用意する際に、外部変数の変更によりシナリオの有効性を予め検討しておくことができる。また、マネジメントフライトシミュレータによる学習組織の形成で、戦略企画プロセスがオープンで分散的に、しかも包括的に実施されるようになる。これにより、風通しの良い企業文化の形成、フラットで情報伝達がスピーディな組織、さらに現場に近い局面での意思決定が可能になる、としている。実際にこのような目的で、Bell CanadaLucent technologiesBoeingBBCといった会社は、Management Flight Simulator を活用しているし、自身も公益企業の戦略立案にこの手法を用いるつもり、とのことであった。

一方で、各種のFlight Management Simulatorを製作、販売している企業の複数の経営者は、自社のビジネスが成功していることを認める一方で、 Flight Management Simulatorには新しい構造は盛り込めない、とその有効性を過信しない旨、コメントしている。

参考文献
Lomi, A., larsen, E. "Learning Without Experience: Strategic Implications of Deregulation and Competition in the Electricity Industry", European management Journal Vol. 17 No. 2, April 1999
Lane, D. C. "On a Resurgence of Management Simulations and Games", Journal of the Operational Research Society 1995, 46